山登りをやるにあたって、その土地の文化を知るのが案外面白いということに、海外登山に行くことで気が付きました。
なので、関東から気軽に行ける山の筑波山から確認していきましょう。
筑波山と山岳信仰
山岳信仰は、日本だけではなく、もともと世界的に見られる宗教体型です。
日本の場合は、他の国とは異なり、後発の神道や仏教と交わることで現代まで、その形が残っています。
筑波山もその形の美しさから、男体山にはイザナギが、女体山にはイザナミを奉る神社があります。
その歴史は古く、3000年以上前から、筑波山を霊山として仰いでいたそうです。
筑波神社では、4月と11月に「御座替(おざがわり)祭」が執り行われます。
このお祭りは、神様が自分の子供を思いやるためのお祭りです。お祭りでは、舞を踊ったり、お神輿を担いだりするそうですよ。
筑波山と万葉集
万葉集とは、日本最古の和歌集で、今から1000年以上前に編集されたものです。
「令和」という元号も万葉集からの出典として話題となりました。
万葉集には4500以上の和歌がおさめられており、現代にも通じる、共感できるような歌がたくさんあります。
万葉集の中で筑波山は筑波嶺(つくはね)という単語で登場します。
当時は筑波山とは呼ばれていなかったんですね。
女体山と男体山の2つの山を含めて、筑波嶺とよんでいたので、筑波山は男女の距離が近くなるような山だったようです。
筑波山は歌垣(うたがき/かがい)の場として知られています。歌垣とは、今の感覚で言えば街コンのようなものでしょう。
知らない男女が歌を歌いながら求愛する。街コンとはやっていることは異なりますが、目的は同じです。
歌垣では、男女が交互に歌を歌い合い中を深めていくため、歌を読むセンスや教養が求められていました。
現代でもセンスのよさや、教養のある人は異性にもてますよね。
万葉集の歌から、筑波山で街コンをやっていたことがわかります。
筑波山とガマの油
筑波神社の境内では、毎週土日祝日にガマの油の売り口上を見ることができます。
売り口上とは、いわゆるセールストーク、たたき売りのようなものです。
「男はつらいよ」では寅さんがよくやっていたのですが、現代に生きる私達にはなかなか縁遠いものとなってしまいました。
商品を売るという側面よりも、伝統芸能としての色が強くなってきています。
ガマの油は、「陣中油」と言う商品の別名です。
売り口上では、ガマの周りを鏡で囲うことによって、ガマがたらりと流す油汗を煮詰めて固めたものと紹介されますが、実際はそのような油は入っていません。
成分的には、深海ザメのスクワランや紫根(シコン)が含まれています。紫根は万葉集の時代から登場する薬草です。
なぜ、ガマの油が生まれたかというと、筑波万博(1985年)が開催されるに当たり、何か筑波名物を作ろうと生まれたそうです。
まとめ
筑波山は歴史的にも深く、万葉集の時代から霊山として親しまれた山です。
現代では、ガマの油の売り口向上など、新しい文化も生まれています。
次に筑波山を登るときは、そのような側面を感じながら登ることができるのではないでしょうか。
最期まで読んでいただきありがとうございました。参考になったら嬉しいです。